我が家の家訓は、連帯保証人にはなるな!

会社を経営する父と専業主婦の母、そして2歳上の兄との何不自由のない4人暮らしでした。

 

時代は不動産バブルが高騰している時で、祖父からの遺産として不動産を相続した父にはかなりの資産がありました。元々派手好きの父は、手元に多額のお金が入ったことで、金遣いが荒くなり身の回りの持ち物をブランド品で固めたり、会社を手広く広げたりとお金を湯水のごとく使っていきました。

 

しかし、ある時から自宅に借金催促の電話が掛かってきたり、自宅に強面の人が押し寄せて来るようになりました。

 

父は、友人から借金の連帯保証人になるようにお願いをされ、母に内緒で連帯保証人になっていました。
友人は、借金が返せずに夜逃げをして姿をくらませ、連帯保証人である父に借金がのしかかりました。

 

借金の金額が大きかったので祖父から相続した不動産や自宅を処分してなんとか借金は返しましたが、
父はなんとか一発逆転をしようと色々な儲け話に手を出し、結局は会社を畳むことになりました。

 

このときから今までの生活は一変しました。

 

父は疲労から体を崩し家で寝たきりの生活になり、母がパートに出るようになりました。
兄と私は通っていた私立の学校から公立へと転校をしましたが、給食費や修学旅行代が払えずに肩身が狭い思いをしました。

 

公共料金が払えずに電話・ガス・水道・電気の順でどんどんとライフラインが止まっていきました。

 

ガスが止まった時は卓上コンロでご飯を作り、水道が止まった時は近くの公園に水を汲みに行き、電気が止まった時はロウソクで明かりを灯していました。
1日1日を必死に生きていました。さらに不運なことは続き、税金が払えずに滞納していたので国税局が家財道具の差し押さえに来ました。

 

と言っても金目になるものはなにもなく、紙だけを貼って帰っていきました。

 

我が家のどん底は、父の体調が回復し母がパートから社員へとなることで、少しは向上しました。
どんなに親しい間柄の友人でも、結局は他人です。軽い気持ちで連帯保証人になってはいけません!